研究テーマ (1994年版)

November 11, 1994
July 21, 1996



研究テーマ
「地震発生時の地震動を正確に予測する」を究極の目標として、この目 標に関係するあらゆる課題に取り組んでいる。たとえば、地震による揺 れはどのように伝わって我々のところに届くのか。震源からの距離がほ ぼ同じなのに場所によって揺れの大きさ、揺れ方が違うのはなぜか。こ うした研究課題を解き明かしていくことはそれ自体が大変興味深く、シ ミュレーションされた地震波形を眺めるのも実に楽しいものである。
しかし、それだけではなく、地震動が正確に予測できれば、地震動に よって引き起こされる地震災害の軽減に大いに役立つであろう。また、 地震学は「観測された地震動から地震本体のメカニズム、地球の内部構 造などを解明する学問」であり、その研究手法はいろいろな仮説に基づ いて地震動を予測し、その予測が観測結果と一致するか否かで仮説の正 しさを検証することが基本である。したがって、地震動の予測やシミュ レーションが地震学をささえていると言っても過言ではない。

地下構造探査
地震動は地球を伝播してくるわけであるから、地球の内部構造、特に我々 の近くにあって地震動に大きな影響を及ぼすリソスフェア(地殻と最上 部マントル)や、その上を覆っている堆積層の構造を解明することが、 まず重要である。リソスフェアについては、本研究室で地震波の新しい レイトレーシング法を開発し、これを日本付近の地下構造に適用した。 下図は、東北日本下にもぐり込む太平洋プレート(Pacific Slab)上面 で発生したふたつの地震について、計算された地震波レイを示している。

今後は太平洋プレートだけでなくフィリピン海プレートも想定し、この レイトレーシング法を用いて各プレート上面の形状と各層内の速度構造 を同時インバージョンする走時トモグラフィーを行ない、日本列島全体 の新しい地震波速度構造モデルを提案することを目指している。
また堆積層については、首都圏が位置して防災上重要な関東平野を現在 の研究対象としている。関東平野では過去に、人工地震探査が稠密に行 なわれており、その走時データにトモグラフィー的な手法を応用して、 下図のような堆積層の厚さ分布が求められた。

今後は人工地震の波形記録も用いて、より詳細な構造解析を目指すとと もに、現状ではあまり明らかになっていないS波の速度構造を研究対象 に考えている。

地震動シミュレーション
地震動予測の次の段階は、得られた地下構造に対して実際に地震動をシ ミュレーションすることである。たとえば関東平野のように、ほぼ均質 な層が不規則な形状の境界面で区切られているモデルに対しては、空間 スペクトルを表わす行列の演算で地震動が計算できることが本研究室に より明らかにされた。

上図はこの方法によるシミュレーションの一例で、右上の堆積盆地に下 側から地震波が入射した場合の地表面における地震動を示している。こ れに対して、先のリソスフェアのモデルのように層内でも速度が変化す るような複雑な構造では、より数値的な方法、差分法や有限要素法など を適切なアルゴリズムで実行する方が効率的である。

下図は、差分法で向斜構造で通過する地震波をシミュレーションした結 果で、向斜の向こう側で逆向きに伝播する回折波が発生しているのが見 て取れる。

ところが以上は2次元構造の話で、実際の地球は当然3次元的に複雑な速 度構造を持っている。こうした構造における地震動シミュレーション は、理論面でも数値計算の面でも依然として未解決な問題が多く、これ からの研究課題となっている。
また、構造探査やシミュレーションの最終的な正しさは、地震動の観測 との比較でしか検証できない。 そこで関東平野では、今年度より地震地殻変動観測センターの協力を得 て、従来、広帯域地震観測の空白地域であった北側に広帯域地震計を設 置する予定である(下図●印)。これにより太平洋側で発生し関東平野 を通過してくる地震波が多数観測されるはずであり、関東平野の地震動 シミュレーションは大いに進歩することが期待される。


地震防災情報システム
いわゆるRealtime Seismologyは地震本体のメカニズムを地震発生直後に、 人間の手を介さず決定することを可能し、すでに実用段階のシステムが いくつか稼働している。これらのシステムが以上で述べてきた地震動の 予測の理論や技術とむすびつけば、研究成果の社会への還元という意味 で地震予知と並ぶ大きな意義を持つであろう。こうした地震学と地震防 災をつなぐ情報システムは、本研究室における別の側面の研究課題とし て今後検討していく予定である。
また地震動に限らず、地震学に関わるいろいろ情報とコンピュータ・ ネットワークやマルチメディア技術との融合は常に考えられており、た とえばインターネット上のサーバ・クライアント型検索を可能にした震 源情報のデータベースシステム SeisView を吉井 教授と共同で開発した(下図)。